« 2010年11月28日 - 2010年12月4日 | トップページ | 2011年2月27日 - 2011年3月5日 »

2010シーズン総括(後編)

<GK>
#21 高原 寿康
 下らないミスがほとんど影を潜め、莫大な数の決定機を数知れないほど止めて空中分解していたチームを救い続けた。その代償が負傷という形になったことは無念でならない。彼と芳賀がいなければ、最下位を争っていてもおかしくなかった。この2人に対しては、チームは正当に報いる義務がある。


<DF>
 チームディフェンスがまったく存在せず、ほとんどダイレクトに相手の攻撃を受け続ける羽目に陥ったのは同情するほかないが、それにしても対敵動作の軽さ、ボールウォッチャーになる頻度の高さ、マーキングの緩さなど質の低さが目に付いた。肝心なところで体を張ることすらできないのだから、存在意義自体を疑われても文句は言えまい。前がもらおうとしないことを割り引いても、何の意図もない横パスを延々と回し続けて相手が戻って陣形を整える時間をつくってやってから、出鱈目に蹴ってボールまでプレゼントする親切さも相変わらずで、何の進歩も見られなかった、と評価するほかない。


<MF>
 受けようとしない、さばけない、飛び出さない、守備もしない。いくら規律がないといっても、やるのは自分たちなのだ。言われなければ何もしない(言われたら言われたでそれしかしない)、考えも戦いもしない、では勝てるはずがない。あまりに誰も何もしないものだから、芳賀が一人で全部やろうとする始末。何とかしようとしていたのは彼以外には古田と三上ぐらいだった。高木が入って多少はマシになったが、形になりだしたのは宮澤と上里が負傷したことによって砂川が加わってからとあっては、手遅れにも程があった。どうすればチームを動かせるのか、ゲームをコントロールできるのか。高木や砂川から他の選手が学ぶべきことは山ほどあるはず。口を開けて眺めていただけではないことを祈るばかりだ。

#18 芳賀 博信
 一人で中盤から最終ラインにかけて空きまくった穴を埋めようと奔走し続け、ボールを受けようとしない相方に代わって不得手な散らしもやらざるを得なかった。ついには前線に飛び出すことまで…。他の連中は、彼の足元に跪いて感謝の言葉を述べ、給料を差し出すべきだ。確かに技術的なミスは多かったが、それが何だというのだ。やろうとしてできなかったのだから、何もしようとしなかった奴らに比べればはるかに尊いし、意図や精度において徐々にではあっても進歩している。これを無駄働きに終わらせてはいけないことぐらい、周囲もいくら何でも理解しているだろう。


<FW>
 そもそも何をすべきなのかすら明確ではない中で、適当なロングボールばかり飛んできたり、欲しいタイミングでほとんど球が入ってこない状況では機能しなかったのも無理はない。ただ、ゴールを奪う、というこのポジションで最も意識しなければならないタスクへの意識があまりに低かったことも事実だ。ボックス周辺で前が空いたのにサイドに出したり、戻したりしているようではFWとはいえない。チャンスが少ないからこそ、もっと執念を見せなければならなかった。


※チームが機能しなかったことで評価が困難になった選手、それ以前に評価に値しないと考えた選手は割愛。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010シーズン総括(前編)

<チーム>
 シーズンを通して攻めるのか、守るのかといった根源的な方向性すら明確に示すことがなく、フットボールをプレーしているのかどうかも判然としないありさまは、プロを名乗り、金を取るには値しないものだった。目の前の相手をやっつけよう、何としてでも点を取ろう、といった気概もなく、どうすれば状況を打開できるのか考えた形跡すら見せず、横パスやバックパスという形で責任を押し付け合うばかりでピッチ上をさまよい続けた大半の選手たち。そこに筋を通そうともせず、特定の選手や形に拘泥し続けたベンチ。これではチームの体をなさなかったのも当然だ。
 論評に値しない、と言うほかない9カ月間を、どう考え、どう先につなげていくのか。酷い内容が続いても危機感を持たないのだから、強制的に戦術、戦略を詰め込み、ない頭でもオートマティックに動けるぐらいまで追い込む、という選択肢だって出てくるかもしれない。これは極論だとしても、7年間も育成を掲げて、若い選手を使い続けている割にはチームが成長していないのは、まごうことなき事実だ。一向に伸びてこない選手がのうのうとピッチを散歩し、向上心や気概のある選手がそれに毒され続けている現状も、正しいものとはいえない。つまり、どこかが間違っているのだ。それを正すための「スイッチ」に、この無残なシーズンをしなくてはならない。今季の教訓を無駄にするようなら、本当にこのチームは消滅への道に踏み出すことになるだろう。


<監督>
 プレスポイントはどこか、奪いにいくのか限定だけなのか、ラインはどう設定するのか…。どんなチームでも、特に守備において必ず規律は存在する。むしろ強いチームほどそれは明確かつ緻密で、従わない者は弾かれる。11人が連動してゲームを高いレベルで運ぶためにはルールが必要だからだ。然るに札幌のゲームを見る限り、そんなものは存在しなかった。いくら札幌の選手が甘くて、ぬるくて、何も考えていなくても、言われたことぐらいはしようとするはず。であれば、この人物がチームとしてすべきことを何も指示していなかった、と判断するほかない。
 その上、自分で使ったワントップを機能させる術を持ち合わせていなかった。サイドの選手にダイアゴナル・ランをさせることは徹底していたが、トップ下で重用した選手がボケッと突っ立っていても何も言わなかったようで、縦のダイナミズムがない攻めに厚みや深みは存在せずじまい。背負って受けられるCFがいないチームがワントップを採用するなら、前の選手が連動してある程度システマティックに動かないとボールをキープして攻める時間をつくれないはずだが、縦パスをどう受けるのか、その時にどうフォローするのか、という最初のところからバラバラで、意思統一がされているようには見えなかった。ミスやアイディア不足を挙げることが多かったようだが、それ以前の部分を設定し、トレーニングするのは監督の仕事ではないのか。
 1シーズンなら「自主性を引き出す」「結果は求められない」というエクスキューズもあろう。しかし、2シーズンやって向上の跡が見られないどころか悪化する一方で、使い続けた選手はまったく成長しない(砂川や高木と比べれば邪魔ですらあった。つまり、勝つための選択をしていないともいえる)とあっては、監督としての資質、手腕に疑問が呈されるのは当然だし、上に記した内容を鑑みれば職務放棄とまで糾弾されても反論の余地はあるまい。最終戦後のコメントに至っては責任ある立場の人間としてすら疑義を抱かざるを得ないようなもので、もはや袂を分かつことこそがお互いのためだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010J2#38 札幌4-0熊本@札幌ドーム

 ゴールに向かってプレーすれば、何かが起こるのだ。ミスばかりだったし、質が高かったともいえないが、これぐらいの気持ちでなぜ常にできなかったのか。そんなに、日常のゲームで点を取って勝つ、ということはモチベーションにつながらなかったのか。ぜひ問うてみたいものだ。
 また、スコアは内容を反映したものではない。判断ミスがあまりに多いし、三上が流れたら中央は空っぽ。戦術が存在しないのだから考えて動く必要があるのに、必要な場所に人数が足りないのだから、失笑するしかない。左を崩して、藤田のダイヤゴナル・ランを生かそうとはしていたが、それ一辺倒で何の変化もなかったこともまた、彼らのインテリジェンスの欠如を示している。
 守備も相変わらずで、相手のボールホルダーに接近するだけのアリバイディフェンスの連鎖で簡単に運ばれ、最終ラインのポジショニングも滅茶苦茶。バカ正直にボールサイドに横ズレして逆サイドをがら空きにするとは、実に斬新な守り方だ。だいたい、そこまでして人を集めてもボールばかり見ていて簡単に破られるのだから、いる意味がない。
 どうやら、2年間監督としては何もしなかった人物のあの他人事のような口調からして、来季は新しい体制で臨めそうだ。ほとんどの選手は何もしていない。その自覚があれば休んでいる暇などないはずだ。ポジションを得るために全力でボスにアピールし、勝つために全力でプレーする。当たり前のことから、今すぐ始めなくてはならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年11月28日 - 2010年12月4日 | トップページ | 2011年2月27日 - 2011年3月5日 »