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2008シーズン総括(監督編)

 「ぶれない」といえば聞こえはいいが、現実には柔軟性を著しく欠いていただけだった。昨季からその傾向は見受けられたが、「使う」と決めたグループを動かそうとせず、その中でポジションを変更して対応しようとしたことで、ときには珍妙としか思えない起用も見られた。また、グループの中には監督以外は使う理由が説明できないような選手が入っていたため、それ以外の選手に不満が蓄積していったことは想像に難くない。まして、こんな内容のゲームが延々と続いているのだから、控え選手のモティヴェーションは高まっていたはずだ。それを蔑ろにするような形で同じ選手を使い続け、同じようなミスを繰り返して負け続けた。言わば崩壊していくチームを放置したに等しいやり方は、到底許容できるものではない。
 昨季のスランプ時にも同じようなことがあったが、あまりにもリスクを恐れ過ぎる。「守備力は低くてもビルドアップができる」選手や「体は小さくてもドリブル、ラストパスができる」選手など、ひとたび戦術にマッチしない、と判断された選手はほぼシーズンを通して埒外に置かれ続けた。こういった選手こそが流れを変える力になることは、古今東西、証明され尽くした事実だ。彼らがJ1のレベルにあったかどうか、が問題なのではない。何も変えようとしなかったことこそが問題なのだ。確かに頑張れる選手、フィジカルの強い選手は必要だが、それだけではフットボールは成立しない。全ての選手に同じ資質を求める発想自体に無理があった。「どれかが80点で、どれかが0点」の選手しか持ち合わせていない監督の取るべき手段ではなかった。
 守備とセットプレー重視、という戦略が間違っていた、とは言わない。ただ、その表現方法があまりにドラスティック過ぎはしなかったか。骨格を最優先したとしか思えない選手起用、当てもなく蹴るだけの「攻撃」…。フットボールに必要な要素を、あまりに小さく見積もり過ぎていたのではないか。今季のピッチ上に表れたモノは自分の意思とは違う、と言うかもしれないが、全く修正された跡が見られなかったことを見れば、それが彼のオーダーだったと考えざるを得ない。それでも結果が出ていればいいが、その方法で駄目だったのだから、考え方を多少なりとも変える必要があったのではないか。
 チーム・マネージメントも、上手くいかなかったようだ。例えば、鈴木は「あなたは員数合わせ要員ですよ」と宣告されたに等しい扱いを2年間にわたって受けており、それに対する不満がサテライトなどでのプレー態度に表れていた。本人に問題がなかった、と言うつもりはないが、もう少し扱い方はあったはずだ。崩壊状態のチームにこんな精神状態を表に出す選手が一人でも出てくれば、それはあっという間に「伝染」する。彼だけが特別だったとは思えない。一事が万事だ。監督だけの責任ではないにせよ、鈴木に近い状態に置かれた選手たちが、ケアもされずにストレスを溜め込みながら日々を過ごしていた、と考えれば、そのことがトップチームの一体感や責任感のなさに結びついていった、と考えることが論理的ではないとは思わない。誰がやる気を失った控え選手に対して危機感を抱くものか。「自分は18人に入っている」「自分はいくら頑張っても出られない」という2つのグループに分けてしまったことが、チームから緊張感を奪ったのは間違いないだろう。
 結局、監督としては未熟だった、ということだ。上手くいっているときは良くても、そうではない時は駄目、では長く仕事をすることはできない。例えばヴェンゲルは今シーズン、不満を公に口にしたキャプテンの選手を腐らせることなく、短い時間でチームを立て直してみせた。ファーガソンも、こういったクライシスを20数年の間に何度も乗り越えてきているだろう。昨季のレビューでも記したように、間違いなく仕事はできる人材のはずだ。サポーターとしては、このチームを踏み台にされるのは堪えられないことではあるが、次のチームでは、今季の教訓を生かして素晴らしいチームをつくり上げてほしい。

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